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脾臓摘出術を実施した自己凝集型免疫介在性溶血性貧血(IMHA)の犬の1例

はじめに
免疫介在性溶血性貧血(IMHA:Immune-mediated hemolytic aremia)とは、赤血球表面の自己抗原あるいは薬物や微生物抗原に向けられた抗体が付着することにより免疫応答の標的となり、赤血球が破壊され溶血性貧血が引き起こされる疾患です。本疾患は原発性と続発性(感染、薬剤、腫瘍、遺伝、ワクチン等原因が分かっているもの)に分類されますが、その多くは原発性で原因は不明です。死亡率は全体で約33.3%と高く、赤血球の自己凝集が認められた場合は約50%とさらに高くなるとされています。今回は自己凝集型の免疫介在性溶血性貧血と診断し、脾臓摘出手術により良好な結果が得られたので詳細を報告します。

プロフィール~一般身体検査
症例は4歳の去勢済みのシーズーで、2日前から食欲がない、泡のようなものを吐くという主訴で来院しました。ボディーコンディションスコアーは3/5でしたが、可視粘膜蒼白、呼吸速迫で心拍数の上昇が認められました。

血液検査
血液検査においては、赤血球数(241×10⁴/μl)、ヘモグロビン(7.9g/dl)、ヘマトクリット値(23.2%)と貧血を示唆する低い値を示しました。平均赤血球容積(MCV)は96、平均赤血球ヘモグロビン濃度(MCHC)は31.9と大球性低色素性貧血で、網状赤血球や赤芽球が多数認められることから再生性の貧血であることが分かりました。白血球数は高値(26000/μl)を示し、百分比は分葉核好中球、リンパ球、単球の増加がみられました。

さらに生理食塩水に血液を滴下して顕微鏡で見ると明らかな赤血球の自己凝集反応が確認されました。

赤血球凝集


生化学検査
生化学検査においては、ALT、血糖値の軽度の上昇は認められましたが他には著しい異常はありませんでした。溶血性貧血時には総ビリルビン値が上昇しますが、本症例においては正常でした。

画像診断
画像診断所見において、軽度の脾腫が認められました。


問題点~除外リスト~診断
ここまでのデータで問題点を挙げてみると、食欲減退、可視粘膜蒼白、再生性大球性低色素性貧血、赤血球自己凝集、白血球増加、脾腫ということになります。

この中で再生性大球性低色素性貧血についての除外リストは

出血所見:失血性貧血
出血が除外されたら残るのは溶血:
バベシア(犬)、ハインツ小体、IMHA、VCS(犬フィラリア感染)、レプトスピラ症、中毒
となります。

出血所見は全くありませんでした。バベシア、ハインツ小体は血液塗沫所見からは認められませんでした。フィラリアの感染はありませんでした。レプトスピラ症の確定診断は血清中の抗体価検査となりますが、飼育状況から感染の可能性はかなり低いものと思われました。中毒に関してもオーナーの訴えから除外できるものと思われました。残った疾患はIMHA・免疫介在性溶血性貧血となります。著しい溶血は認められませんでしたが、赤血球自己凝集所見からIMHAが強く疑われました。

以上の所見から本症例を赤血球の自己凝集を伴った免疫介在性溶血性貧血と診断しました。


治療
治療は初診日から入院治療とし、プレドニゾロン2mg/kg SID 筋肉注射、抗生物質注射、静脈点滴注射を始め、初期治療で著しい症状の改善がみられため、第5病日には退院としました。その後治療は投薬に切り替え、1週間毎に血球検査を実施しました。第8病日には赤血球数、ヘモグロビン、ヘマトクリット値がすべて正常となり、プレドニゾロンを1mg/kgに減量しました。

第49病日の血液検査において血球検査は正常でしたが、ALT(476IU/l)ALP( >4000IU/l)が高値を示しました。これはプレドニゾロンの長期投与による肝機能障害が原因と考えられ、将来的には副腎の障害も起こりうると思われました。そこでプレドニゾロンを減量~休薬とIMHAの根治を目的に脾臓摘出術をオーナーに提案しました。最近の文献ではIMHAの犬に脾臓摘出術を行ったところ有効率は90%で、その約半数の症例でステロイドなどの免疫抑制療法が不要になったと報告しています。さらに筆者自身もIMHAの症例で脾臓摘出術を実施し術後の投薬が全く不要となった経験をしていることから、脾臓摘出術は高い確率で根治療法になりうるものと思われます。第49病日、オーナーの同意が得られたため、脾臓摘出術をしました。

術後の経過は良好でした。血球検査においては術後軽度の貧血が認められましたが、第91病日には赤血球数544×10⁴/μl、ヘモグロビン12.3g/dl、ヘマトクリット値37.8%まで回復しました。ステロイド投与量は臨床症状、肝機能検査等の結果から、第71病日に0.75mg/kg、第91日病日には0.5mg/kgと減量しました。ALT,ALPは第91日病日にそれぞれ、196IU/l、2621IU/l、第119病日にはそれぞれ80IU/l、1734IU/lと肝機能の改善も認められました。


考察
免疫介在性溶血性貧血は重篤化すると死亡率が高い恐ろしい疾患ですが、本症例は発症後早期に来院された事、貧血の程度が中程度であった事、黄疸等重症化する以前に治療できた事などから良好な経過を辿ったと思われます。診断に関しては鑑別診断に挙げた中で中毒は本当になかったのかは疑問が残ります。そこで、赤血球凝集を起こす薬物が存在するか獣医学・薬物専門誌等で調べましたが、見つけることは出来ませんでした。しかし、赤血球凝集=IMHAと決めつける事は論理的な診断ではありません。

治療に関してはステロイドを長期間投薬するという選択肢もありましたが、低用量でも投与し続けないと再発を起こす危険性がある事、本症例に関してはステロイドに敏感に反応を起こし肝酵素の上昇が認められた事からステロイドに頼らない治療を検討しました。免疫抑制剤等の他の薬物療法もありますが、ステロイド以外の薬物は治療効果が不安定なことが多い事、さらにコストの問題等からそれも断念し、最終的には脾臓摘出術を選択した次第です。

自己凝集は通常は補体結合性のIgGである温式抗体が高力価で存在する場合に起こるとされており、IgGと結合した赤血球は殆どが脾臓で破壊されることから、本症例において脾臓摘出術は前述のステロイドに頼らない治療には最も有効な選択であると思われました。実際に術後の経過は良好で、現在はプレドニゾロンを0.25mg/kgまで減量していますが再発もなく、肝酵素も低下しています。しかし、まだプレドニゾロン投薬中である事、ALPは未だ1000IU/l以上である事、依然軽度の貧血が続いている事等もあり、今後の経過観察が重要です。